岩永 哲


先週から今週にかけてニュースなどの特集で
1972年7月に県北部を襲った大水害についてお伝えしましたが、
こちらは取材の中で立ち寄った三次市三和町敷名地区です。

ここに住む小川邦彦さん(79歳)の住宅の裏手には、
先祖代々残されてきたあるモノがあります。


それがこの「助磊(たすけごうろ)」と呼ばれる石垣です。

高さは2メートル、幅4メートルほどで
真ん中には土が盛られて大きな柿の木が植えられています。

これは何に使うのか・・・そのヒントは名前にもある「助」という字にあります。


小川さんの自宅のすぐ脇には、
江の川水系の支流の一つ美波羅川が流れています。

このあたりは土地が低くて川が湾曲しているため、
かつてはたびたび川が氾濫して繰り返し洪水被害にあっていました。
その際に「緊急避難場所」として使われていたのが助磊です。

江戸時代(1820年)に刊行された地元の郷土史にも
この助磊の存在は記されておりこのあたりに複数あったようです。



現在、79歳の小川さん自身も、
実際に子どもの頃に助磊に逃げ込んで
助かった経験があるといいます。
戦後まもなく起きた水害時には
自分の身体と柿の木を縄でしばりつけて
腰まで水に浸かりながら流されないようにして
難を逃れたそうです。
また1972年の県北の大水害の際にも
小川さんの親族がここに逃げ込んだといいます。



この柿の木は「神木」として
大事に手入れされていたそうです。

こうした助磊のような身近な水害から身を守るものが
かつては県内各地でも見られました。
ただ川の護岸や都市部の排水などの整備や都市開発が進む中で
最近はほとんど見ることはなくなりました。

街中に住んでいると普段の暮らしの中で
災害のリスクを感じられにくくなっていますが、
逆に整備された環境が、
自分で災害の危険を感じ取る力を奪っているように思います。

この先、気象災害の頻度や規模が大きくなる懸念も指摘されていますが、
行政からの避難情報など外からの情報ばかりに頼ることなく
自ら考えて判断する力をどう養うのか、
自分なりの現代の助磊を見つける必要があるのかもしれません。







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