先日、友人の出版記念パーティーに出かけた。
友人と言ってしまうには、少し時間が長すぎる。

中学、高校、予備校、大学まで同じ時間を過ごしてきた。大学時代、彼がやっていたサークルをきっかけに、ボクは文章を書く仕事を始めた。だからこの本は、読者としてというより、長い時間を知る者として手に取った。

今回出版されたのは
『はじめてのネパール 山旅を愉しむ』。
会場でページを開いて、まず目に入るのが「少しながめの、はじめに」だ。

〈僕は登山家でもなければ冒険家でもない〉
そんな一文から、この本は始まる。ネパールの山にあこがれることは自由だ。初心者でも、初級者でもいい。伝えられることはあるはずだ――。
最初に、この距離感を示してくれるのがいい。

柳谷は、編集者であり、物書きであり、そして写真家でもある。実業家というのが一番しっくり行くのかもしれない彼。
この本は、山を「攻略」しようとしない。ページをめくると、ネパールの山々が見開きで現れる。深い青の空、雪と岩の境目。いわゆる絶景だが、感嘆符はついていない。写真が静かにそこにあり、読む側も自然と黙る。
文章も同じだ。
エベレスト街道、アンナプルナ外周、ムスタン。名前だけ聞けば大層だが、「すごさ」を誇らない。息が苦しいこと、体力の衰え、膝に不安があることを、淡々と書く。そのうえで、それでも歩く理由を押しつけがましくなく差し出す。
この本の核にあるのは、「なぜ山を歩き始めたのか」という問いだ。
柳谷は還暦を過ぎてから山歩きを始めている。編集者として起業し、四十年近く仕事一筋で走り続けてきた。休みと仕事の境目がわからなくなり、このままでいいのかという不安があった。
そこで彼は、人生のリズムを、いったん歩く速度に戻そうとした。

山がものすごく好きだったからではない。
登山家になりたかったわけでもない。
人生の速度を測り直すために、山を歩いたのだ。
プロフィールを見ると、近年だけでも山旅の本がいくつも並ぶ。エベレスト街道、パキスタンの山旅、写真で読み解く旅の記録。これは突然の転向ではなく、写真と文章で世界を見続けてきた人が、自然に辿り着いた場所なのだと思う。


出版記念パーティーでの柳谷は、相変わらず飄々としていた。
「膝に爆弾を抱えちゃってさ」と笑いながら言う。それでも、次にやりたい夢を話す。びっくりするような彼らしいような夢ではない実際の計画だ。その顔は、仕事だけをしていた頃より、少し柔らかく見えた。

この本は、山に登る人のためだけの本ではない。
人生の折り返し地点で、「これからどう歩くか」を考えている人のための一冊だ。
還暦を過ぎてから山を歩くという選択は、挑戦というより、選び直しなのだと思う。また新しいことを始める彼らしい。

ネパールの山を歩きながら、柳谷は自分の人生の速度を測り直している。
その記録が、この本なのだろうな。
とはいえ、この本はガイドブックにも網羅していない地域の情報がしっかり入っているらしい。実用書としても役立つ


『はじめてのネパール 山旅を愉しむ』
著者:柳谷杞一郎
出版社:雷鳥社
価格:2,200円 320ページ 四六判変形並製
https://www.raichosha.co.jp/book/1673
60歳から登山をはじめた著者によるネパールの2大トレッキングコース
「エベレスト街道」& 「アンナプルナ外周」の山旅ガイド