広島を思うと身体の奥のほうがゆっくりほどけていく。子どものころの記憶が、まだ筋肉のどこかに残っているんだろう。
横川の商店街を抜けるときなんかは特にそうで、湿った冬の空気と、遠くで誰かが笑っている気配が混ざってくる。
そんな“街の呼吸” が似合う映画館が横川シネマだ。主張しすぎず、でも確かな存在感がある。ボクにとっては、ちょっとよりかかれる壁みたいな場所。
そこで今度、『蘭島行(らんしまゆき)』が上映される。12月11日(木) 19時10分からの先行上映では、鎌田義孝監督の舞台挨拶つき。さらに20日(土)~26日(金) 13時45分の回で連日上映(23日は休館)。
『蘭島行』は、ボクが映画のパンフレットにも書いたけれど、風景そのものが物語を語り始める映画だ。
観光写真になるようなキラキラした北海道じゃない。曇天の海、色褪せた防波堤、潮風で軋む家並み。その全部が、登場人物の呼吸とぴたりと重なっていく。
帰郷した男の揺らぎや、家族と少し噛み合わない距離感。その“気まずさ” のような感情が、波の音に混ざって静かに伝わってくる。優しさの嘘を飲み込んでしまうような海原の哀しみ。でも、その底には微かな温もりがちゃんと沈んでいる。それをすくい取れる映画監督は、そう多くはない。
ボクはパンフレットに「鎌田監督は、北海道という土地の“人間のあや” をすくい取る稀有な映像作家だ」と書いた。いま思い返しても、この表現がいちばん近い。人の心の“ほつれ” とか“結び目”みたいな部分を、風景と一緒にそのまま差し出してくる映画だ。
病気をしてから、ボクは“風景の温度” に敏感になった。昨日までできていたことが、急にできなくなったりする。生活の中で小さな“喪失” が増えていく。でも、誰かの言葉や映画の一場面が、灯りのように胸にとどまってくれることがある。
『蘭島行』にも、その灯りがある。弱々しいけれど、確かに温かい光。観終わったあと、静かに肩の力が抜けるような灯りだ。
横川シネマは、そういう映画を受け止めるのがうまい場所だと思う。豪華でも最新でもない。けれど、あの暗闇に入ると、自分の呼吸が少し整う。スクリーンの薄い光の中で、心の奥にあるモヤみたいなものが自然と落ちていく。
『蘭島行』は、広島で観るとまた違って見える気がする。曇天の空や潮っぽい風の匂いが、広島の冬とどこか重なるからだ。自分の昔の記憶もふっと浮かんでくる。家族と出かけた映画館の暗がり、友だちと笑った帰り道、夜の匂い。
そんな欠片が、ひとつずつ棚から出てくるような感覚になる。 広島のみなさん、横川シネマで『蘭島行』に会ってみてください。観終わったあと、自分の今日が少しだけ優しくなるはずです。
タグ:映画
RCCコラム