昨年、台北の國家戯劇院で観た舞台『誠實浴池(せいじつよくじょう)』。あの夜のことを思い出すと、今でも胸の奥がじんわり熱くなる。
タニノクロウと王嘉明、日台二人の演出家が手を取り合って生み出した共同製作。そこに日本の片桐はいりさん、金子清文さん、藤丸千さんという俳優、台湾の俳優が同じ空間に立つ。観客としてのボクは「言葉はどうなるのか?」という、いらぬ心配を抱えて会場に足を踏み入れた。

日本語でしゃべるシーン、中国語で交わされるセリフ。そのたびに観客は取り残されるんじゃないか。台湾の観客は日本語のところでついていけるのか。逆に日本から来たボクらは中国語で何を感じられるのか。正直、幕が上がるまで不安でしかたがなかった。

ところが舞台が始まった瞬間、その杞憂は見事に裏切られた。舞台上には字幕が現れる。それも映画館のスクリーンに出るような機械的な翻訳ではなく、芝居の呼吸にぴたりと寄り添う字幕。目で追う間もなく、心は舞台そのものに引き込まれていった。文字を読むよりも早く、俳優の身体が発する気配やリズムがこちらに届くのだ。言葉の壁など、汗をかくように自然と溶けてしまった。

浴場という誰にとっても親しい空間が舞台のモチーフになっているそこにあるのは人間の体温、台湾の俳優の熱を帯びた台詞回しに、日本の俳優の繊細な間が響きあい、やがてひとつの湯気となって客席を包んでいく。なんとなく寂しい雰囲気と気がつけば、言語が違うはずの観客同士も同じタイミングで沈黙を共有していた。

あの体験から一年。今度はこの舞台が日本にやってくる。9月21日・22日には兵庫県豊岡の城崎国際アートセンターで、27日・28日には富山のオーバード・ホール、そして10月3日から5日には東京・東京芸術劇場 プレイハウスで上演される。台北で観たあの熱が、いよいよ日本の観客の前に立ち上がる。

演劇は「生もの」だ。毎回の上演が唯一無二であり、観客の呼吸もまた作品の一部になる。だからこそ、この作品が日本の土地でどう響くかが楽しみでならない。台湾の観客が日本語をどう受け止めたのかを想像したように、今度は日本の観客が中国語をどう感じるのか。その相互作用こそ、この舞台の大きなテーマだと思う。

演出家のタニノクロウはこれまで、舞台に「現実」を引き込むことを得意としてきた。王嘉明は台湾で、社会と演劇をどう結びつけるかを探求してきた。ふたりが湯船に湯を張るように、ゆっくりと時間をかけて作り上げた『誠實浴池』は、国境を越えて人が人をどう信じるか、どう寄り添うかを問う作品だ。

あの台北の夜、ボクは思った。舞台芸術というのは、翻訳や字幕のためにあるのではなく、人間の体と心そのものが翻訳機になれるんだと。舞台上の役者たちが必死に生きる姿を見れば、言葉の意味よりも先に感情が伝わってくる。観客のこちら側も、それを受け止める準備さえしていれば、国境なんてない。

だから今度、日本で観る人たちにもぜひ伝えたい。字幕もあるけれど、もっと大事なのは役者たちの体温を受け取ることだ。古い浴場の年季を帯びた場所のように、舞台全体があなたを包みこんでくれる。その瞬間、日台の距離はきっとゼロになる。

『誠實浴池』。これはただの演劇公演ではなく、人間と人間が出会うための“浴場” そのものだ。9月から10月、日本に現れるその空間に、ぜひ足を運んでみてほしい。きっとあなたも、舞台の湯気に心を温められるはずだ。

庭劇団ペニノ公式ページ
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