6月16日は父の日だった。


父の日っていうのは、母の日やこどもの日や敬老の日なんかに比べるとちょっと実施実績に劣りを見せる。

最近ではシングルの子供などに配慮して母の日や父の日、敬老の日だって幼稚園や保育園、小学校で制作を控えてるそうだ。幼稚園で描いてきた「パパの顔」の絵が、父の日に寄せての小学校で描いてきた紫陽花の絵が嬉しかったのも確かだ。大切に書斎に飾ってあった。そういうシステムは今はもうないとのこと。



大体こういうものはいつも感謝したり「ありがとう」の気持ちを忘れていなければ特別必要のないことではあるのかもしれない。

いや、わかっているけど年に一回ぐらい決まって素直にそういうことを言える日があってもいい、とそうも思う。「かあさんありがとね」なんてなかなか素直に言えない。ましてや、父になんて。

実家の母や父が亡くなってもうすぐ20年が経とうとしている。早いものだ。亡くなって思うのは「ああ、もうちょっと話す時間があってもよかったかな」とか「あのとき、どうしてたんだろう、困っていたのかな?」なんてよく知っているはずの両親のことを何にもわかっていなかったってことだ。遺品整理をしていたらぼくが買ってきたヨーロッパみやげの包み紙が出てきた。「父の日に寄せて。裕司より」中身のお菓子はもうなくなっているのだがその珍しい可愛らしい包み紙は母がとても気に入っていたのを覚えている。「あれ父の日にあげたんだっけ」自分はよく覚えていないが妻がきっとそう送ったのかもしれない。「こんなもんを」と言いつつ、しみじみした。
広島にはラジオやテレビの仕事で毎週帰っていた。
「それだけでも孝行息子よ」と言われていたがそんなことはない。なんにもできなかった。やっぱり、こんなイベントをきっかけに一言話すのもいいかもしれないなあ。