車のラジオが急にNHKの緊急速報に変わった。「大きな地震がありました。津波の危険があります。逃げてください。高台や高いビルに逃げてください!」それと、同時にLINEが鳴る。息子からだった。「すごい地震だ」息子の妻の実家のある新潟に帰省中だった。今まさに東京行きの新幹線に乗ろうとし、ホームにいたそうだ。その時に今まで感じたこともない大きな大きな揺れにあった。1 歳と3歳の息子を連れた4人家族。2人で小さな息子2人を包むよう駅の中しゃがんだそうだ。近くにいた若い女性は泣き出し、駅の中は騒然としたそうだ。

しばらくして、新幹線はもちろん普及のめどもなく駅構内で拾える情報は「津波が来る!」
駅より高い建物にでたほうがよいのか、駅が安全なのか?携帯もつながりづらく情報も右往左往する。
結局息子家族は駅の中にいたほうが良いと判断ししばらく駅にいた。

さて、夜が来る、実家に戻るにしても在来線も止まっていて遠くまで行ってくれるかタクシーもあてにできない。「近くにホテルはないの?どっか休める場所を確保したほうが良いよ」とラインで我が妻。

息子たちはホテルに電話するも「避難所になってます」など断られようやく一軒泊めてくれるところを探し当てたそう。
もちろんエレベーターは止まっていて4階までチビ2人と荷物を担いでえっちら。それから食料とオムツを探しにまた街をさまよったそうだ。
あいにく元日の夜。ただでさえも店は空いていない。

しかし、よく聞くと街はそんなに被害はないように見えていたと。でも、交通が全く動かない。どこか行くなら歩くしかない。息子は3.11 の時もそうだった。永田町付近から歩いて帰宅した。今回は家族を守らなくてはいけない。被災度合いからしたらごくごく小さいものかもしれない。
結局一夜明けてからまた新潟の実家に戻ってようやく昨夜帰ってきた。
こちらでニュースを見ている新幹線の復旧めどと現地にいて聞いている情報も違った。混乱しているんだろうなあと思っていた。

後日 その話を直に聞いていると、「能登の方に比べたらなんでもないことかもしれないけど、子どもふたり駅に泊まるのかな?とかんがえただけでもどうにかしなきゃって思いました」と息子妻。「ほんと大変だったんだなあ」と。そこに暮らしていない人で、通過するだけの人で被災されてる方もいるんですよね。初めて気がつきました。情報もないし、土地勘もない。津波が来るから逃げろってどこが安全かもわからない」としみじみ。

ちょっと安全なとこないか見てくるって言われて離れ離れになったら会えなくなるんじゃないかって心配になるよな。まだまだ被害は少ない場所だったが、そんな一夜を過ごしたそう。無事に帰って来れてよかった。


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