しばらくの間、「頼る力」をテーマにこの連載を進めたいと思う。

今のボクのことを話そうと思う。2011年9月広島の収録の帰りの飛行機の中でクモ膜下出血を発症。もう助からないと言われ、1ヶ月後に目覚めた。それから1年の入院ののち退院。左半身麻痺、言語障害、記憶障害など後遺症が残ってしまった。誰もがもう療養病院で過ごすベッド上での生活を考えていたが何を思ったか、家族は、ボクを自宅に帰してくれた。「パパはもっとよくなるはず」そんななんの根拠もない自信があったそうだ。

できないはずと思っていたことが、自宅に帰ってきて生活するとやらなければいけなくもなる。いや、「これもあれもできないことないでしょう?やってみて!」と家族はいい意味でスパルタだった。そんな様子を病気になる前の仕事仲間のTBSの阿部さんとコラムニストのえのきどさんが形にしてくれた。

「神足さんからの手紙」ラジオ番組に中で小さな小さなコーナーを作ってくれた。
その週にあったことを手紙にまとめる。最初は、5行ぐらいの短い原稿だった。仕事の復帰である。「できるんじゃない?書けるんじゃない?右手は動くんでしょ?できなかったら休んでもいいよ」そんな仕事仲間の温かい気持ちに「頼った」。

その番組はまだラジオでプロ野球のナイター中継があったとき、その間をつなぐ半年弱の番組だったそうだ。実際書いているときは「自分」に戻って「自分」が原稿を書いているんだけれど次の日にはその「自分」はいなくてその時のことは忘れてしまう。原稿を読むと、その時の自分が確かにそこにいる。わからなくなる不安で、二重人格のような、自分。
本当の自分がどこにいるかもわからなかった。最初はベッドの上で窓から見える夜の風景や、体が動かない滑稽な自分を面白おかしく書いている。5行が10行になり、原稿用紙1枚になる。

「神足さん、仕事できるんじゃない???」自分もみんなも書くことができることが神様が最後に残してくれたプレゼントのように思えた。
こんな記憶障害もあり、誰かが近くに居ただけでペンが動かなくなったり、寝返りのできない、食事だって自分でうまく食べられない体で仕事をするのは怖かった。
でも周りのエネルギーがボクの不安を払拭した。仕事をしているのはそんな力に頼ってのことだ。恥ずかしながら頼る力を発揮しなければ今のボクは生きていけない。


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