昨日のことだった。ある雑誌の100周年に寄稿するために古い雑誌を探した。


ボクの書斎は10年前の発病の時10分の9の本が片付けられてしまった。足の踏み場もなかった。こっちの山は自分の研究課題。こっちの山は今やりかけの資料。ここは「後で」のやつ。この本棚は取っておきたいもの。ここは図鑑。などなどごちゃごちゃではあったがボクの頭の中では整理できている。だからあまりの汚さに、いや、火事になるかもしれないからと見るに見かねた妻が片付けたりするともうだめだ。

だから絶対に片付けないで、掃除はしないでとお願いした。締め切りが重なった末期になると、客間であるはずの和室の机の上や畳の上、さらには食卓の机の上まで進出した。「せめて食卓の机は半分は空けとくように」と強く言われたものだった。毎週送られてくる雑誌や本、ボクはやっぱり実物の紙の媒体が好きだった。なので自分のかいた雑誌は取っておいた。全部は無理だけど。もうその頃はKindleで読んだりもしていたが、本はどんどん購入もした。家は本で侵食していった。

が、発病してしまった時その書斎を病室がわりにした。まだ本棚が3つ残っていて少しは面影があるけれど今は立派な寝室になっている。四六時中いる部屋には変わりないけれどずいぶん変わり果てた。

その片付けられた本がどこにあるかと言えば、当時元寝室だった2階に段ボールに10個分ほどの資料。これは息子と妻が見て必要だなとか、仕事の途中だなと思ったものらしい。息子の部屋にも少し移動したものがあり、あとは、大量の雑誌が地下の車庫だったところに入っているそうだ。ここのはもう保存状態も良くないのでダメかもしれないと常に言っていたが、今回その地下に眠っていた雑誌を開けてみた。かなり変色はしていたが、1番の問題とされていた湿気、カビ臭さはなかった。よかった。タイムカプセルを開けたみたいだった。1995年から2000年ぐらいの箱を開けたけれど、実際必要なのはさらに10年ぐらい前のものが必要だったようだ。開けたタイムカプセルの雑誌は必要ないものだったが、開いてみないわけには行かない懐かしさがたっぷりだった。

まず、初めに開いた雑誌は1999年11月10日号の週刊アスキー。ボクの連載はデジタル業界にいる女性をターゲットにした記事。その頃スケルトンのiMacを2台目に、持ち運び用にMacBookを購入して使っていた頃だ。持ち運べば、広島の実家でも海外にいても仕事ができるようになった。電話線に繋いでだったけれど革命的だった。



それが、連載の他のページのテストレポートにはHP Jornada680をテストレポート。確かこれ即買いしたんだった。どんだけ買うんだ。
小型の今でいうタブレット使いのパソコンが新しかった。「Data Link」を使って取材先でWEBやメールチェックができるのがすごいことだった。

自分でも馬鹿げていると書いているがATOKの日本語システムを入れてるだけでも8MBもかかり残り3MBになってしまったそれだけど、外でパソコンをつなげるのが最新だった話とか。いかに無理やりこの機種に日本語変換システムを挿入したか、苦労もした。新し物好きも懐かしい。

2000年7月号のアスキー月刊PC。特集は、「インターネットマンションがすごい!」という記事。24時間繋ぎっぱなし使いたい放題のインターネット完備のマンションが売り出されると言う記事。インターネット使いたい放題、24時間繋ぎっぱなし。が売り。

家のどこでもインターネットがつなげて電話も必要ないから、電話料金の心配もない。インターネットは定額制。と見出しに書かれている。繋がらない、おそい、途中で切れる、お金がかかるそんな心配がない、そんな夢のようなマンション。インターネット接続とは??どんなこと?から始まる。そうだよなあ、ちょっと前(20年数年前ぐらい)までは電話線を抜いてパソコンに繋げたものだった。他にはインターネットで買い物をするメリットなんている話もある。保険にインターネットで入るのは大丈夫なのか?とか。「インターネットでお店をやろうよ」とか。

インターネット、パソコンが一般の家庭にもやってきた頃だ。携帯もその頃から急速にみんなの手元に渡った。あっという間に一般的になったけれど、今のメタバースも数年もしないうちに一般的な話になっているのだろうか?実際動くことを今動けない体になってみて望んでいるがもしかしたら動く必要もないメタバースな世界で足りてしまうのかもしれないね。