今年は、コロナウイルスの猛威に世界中が翻弄された。
日本も3月下旬ぐらいからはコロナ一色となった。目に見えないウイルスという敵に対して自粛期間はほとんどの人々の動きは無くなった。街にも人の姿は見えず学校からも子供の声も消えた。その頃から学校に行けない子供たちのためにネット環境を整えた方がいいとテレビでも話題となった。

体が弱いものや高齢者は家から出ない方がいいという風潮があり、高齢者は通っていた病院やマッサージ、デイサービス、町内会の集まりや散歩など出なくなった。3ヶ月以上の外の社会との断絶は思ったより早く思ったより深刻に高齢者たちの体を襲った。ある人は怖がって人と会わなくなって一人で誰とも話さない日が続き、認知症が進んだ。ある人は足腰が顕著に弱くなった。普通に歩けていた人が杖がなくては歩けなくなった。たった2ヶ月のことだった。

小学生にネット環境をというならば一人暮らしの高齢者にもネット環境を整備してつけっぱなしのテレビ電話のようなものが必要だと思うと何回も原稿に書いた。「高齢者にネットなんて」とか酷い人になると「高齢者の一人暮らしの方は家にいるのがなれていますから」そんなことを言う人もいた。
いやいや、君の頭は偏見に満ちている。高齢者にITはなかなか相性がいいとボクは思っている。いい加減にかじったガラパゴスな人と違ってすんなり入っていくようだ。

また、独りっきりで誰とも会わない生活をしていたらやはり人間としての機能はどんどん衰えていく。ボクも入院とかすれば1週間もすればどんどん足も拘縮していくし、食事の形態も思考能力も衰えていくのが目に見えてわかる。元気な高齢者だって3ヶ月も家に篭ればなんらかの問題が出てくるだろう。



自粛期間が解けてGOTOトラベルが始まった頃、びっくりするぐらいVR旅行と言うものを取材されるようになった。
ボクは、東京大学の先端科学技術センターの東京大学の登嶋健太さんのもと、VR旅行を高齢者施設の皆さんにお届けするお手伝いをしてきた。
出かけられない高齢者に変わって元気な高齢者がVRで各地の風景や様子を撮ってきてお見せするのだ。ボクは入院中は見る方に元気な時はいろいろな映像を撮ってみたりもした。

時には施設の方の見たい場所のリクエストにも応じる。
ボクが初めてVRの映像を見た時は、「ああ、またここに行ってみたい」とおもったし、映像上の桜の枝をさわれるんじゃないかと手を伸ばしたりした。

施設でも立ち上がれるはずのない方が立ち上がってみたい方に自分で向きを変えようとしたり、何かプラスアルファーなことが起きていることが目に見えるようにわかった。何より笑いが出る。歓声が上がる。笑みが溢れると言うことは思った以上にすごいことだ。体にとってもいいと思う。この文字で書かれた「いいことだ」だけでは語れないほどの効果なのだ。

そんなVRのことの取材を受けることが多かった。ちょうど「介護の絵本」と言う本を出版したこともあって「高齢者にとってVRとは」なんて言う話をよく聞かれた。ボクは専門家ではないけれどそばにいてわかることは笑顔がいっぱいなことだ。
いろいろなところでVRももてはやされた。旅行会社もリアルな旅がしづらい昨今、VRを使用したりもしている。それとの違いは笑顔があるか?ってことに気が付いたのだ。そこが違う。



登嶋さんとボクのところにも「VR等の新進機器を使用した高齢者やお体が不自由な方の旅企画」なんて言う東京都の企画をやってみないかと言う話も持ち上がり見事採択もされた。VRでどこかの風景を見せると言うVR旅行ではなく一歩も二歩も踏み込んだ企画で高齢者でも車椅子でも行ける旅をVRで収録した。出来上がった映像を高齢者施設でみていただいたが、今まで以上に歓声が上がった。手応えも感じた。結局コロナで高齢者が実際の旅に行くまではできていないがVRで新しいことができるんじゃないかとワクワクした。

どなたか、この企画をそのままやらせてくれないかな?って思うぐらい。VR旅行はVR旅行でも高齢者やボクみたいな体が不自由なものでも笑顔になれる旅だ。車椅子でも行ける道を探し、雨だったらどうか?美味しいものは食べれるか、様々なことを試した。
時には失敗もあったが見てくれている人が「ふふふっ」って笑って大変だったわねなんて言われたりするかもしれない。「行ってみたい」と思う旅を作りたいと思っている。ボクと年齢が大幅に違う登嶋さんと行くからそのギャップやぶつかり合いも化学反応を起こして面白いんだと思う。

来年も続けられたら嬉しい。コロナな時の副産物だった。