東京芸術劇場に芝居を見に行った。劇場に芝居を見に行くなんて何年ぶりだろう。しかもコロナで芝居自体が休演となっていた演劇界は息を潜めていた。
そんなコロナ禍、タニノクロウさんがVRの劇場演劇を作ったという。「ダークマスターVR」。
VRと聞いては見に行かなければならない。しかも主演は金子清文さん。

「ダークマスター」といえば漫画が原作でタニノクロウさんも劇場での芝居も何回かやっておられる。ちっぽけなカウンターだけの洋食屋さん、あまり流行ってはいなそうな店をマスターが一人で営んでいる。そこにうだつの上がらない青年が閉店間際に飯を食いにやってくるところから物語は始まる。マスターはその青年に店を代わりにやらないかと提案する。報酬は月額50万円。超小型のイヤフォンを渡し料理を密かに遠隔で伝授。店は繁盛していくという物語だ。普通の劇場版の芝居ではイヤフォンが観客に渡されマスターが舞台上で演じている青年に料理を指南したり指示を出していくのをイヤフォンを通じて耳から。視覚は舞台の演技。どんどんイヤフォンによって青年が支配されていく不思議な世界だ。

タニノクロウさんは自分の作品で「VRにするならこれだ!」と思ったそうで、確かにVR向きの作品である。大きな劇場の中央に仕切りのあるブースが20。20人が一堂に演劇を見るのだ。一人一人用意されたブースに入るとマウントディスプレイとヘッドフォンが用意されている。3方向は鏡。ELワイヤーで演出された劇場内はちょっと未来を感じる。



装着すると意外だったのがまず、装着した自分の姿がVR上に見えたこと。「手のひらを開いてみてください。本当にそれは自分ですか?」現実の世界とVRの世界との境目である。VR上の食堂の扉が開く。メニューを見る。マスターが話しかけてくる。コロッケ定食を食べる。
そうそう、最近ボクが「VRで旅するのもいいけど、どうも最近食べることが味気ない。ラーメンでも豪快にすすっているVRがあったら自分も食べたい気持ちになるかもしれない、食べることVR作ってよ。」そう言っていたのだ。まさしくそういうシーン。自分がコロッケ定食を食べているシーン。食べるということはこんなに多様なパーツの動きと感情や自分の視線の動きが多動なのにも驚く。しかもマスターが時たま投げる視線が気になる。気になりすぎる。コソコソっと食べたくなるほどボクを見つめてくる。「なんか用事?」そんなバーチャルの中のボクが思ったところでマスターが「どうせ暇なんでしょ?店をやってみないか。」と話しかけてくる。一対一の店の中でのやりとりが本当に行われているようだ。何回声を出して返事をしそうになったか。爆音で床が揺れているように感じたり、作ったナポリタンの匂いがしてきたり家でマウントデイスプレイで見ているのとはやはりちょっと違う。

劇場に実際足を運びその場に居合わせた人たちで何かを体験したり感じたりすることは一人ひとりマウントディスプレイの中は個別であってもそこは違うんだろうなあと感じた。45分の芝居が終わって現実に戻ったボクが大きな劇場内にいることが不思議さを倍増させた。大体バーチャルな世界と現実の世界だってこの物語の根底に流れるテーマのように曖昧な世界で今自分が見ている世界だって色だって隣の人とは違って見えているかもしれない。そんな不思議な世界を感じた。

今回、ほとんどの回が満席という盛況ぶり。ニューヨークでも再演が決まっているという。
「VR自体が初めてっていうお客さんがほとんどです。右や下を見てくれれば違う風景が見えるんですけど、最後まで知らないでお帰りになる方もいらっしゃるみたいで。」新しい試みは始まったばかりだ。