全国で新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言の延長が決まった。ボクの住んでいるところも特定警戒都道府県に含まれているので、学校の休校も継続される見込みだ。学校が休みで子どもたちも自宅で過ごす時間が圧倒的に増えて、いろいろ家での楽しみ方なんていう特集も多い。インターネットを使ったものは特に様々なものが紹介されている。子どもたちが家庭学習できるものや、博物館や美術館を見てまわれるもの、本を自由に読めるものなどなど、いまやインターネットを使えばかなり充実したものがみられる。

しかし、世の中はまだまだインターネットが使用できる環境の家庭ばかりではない。
ボクはフリーで仕事をしていたし、9年前に身体を壊してからはさらに自宅で仕事をすることが多くなった。もう40年以上の在宅ワークのプロと言っていいだろう。


最初のころは、サザエさんの伊佐坂(いささか)先生でもおなじみの、原稿用紙に書いた原稿を自宅に編集者が取りに来ていた。特にボクのような締め切りを守らない書き手にはプレッシャーを与えるために取りに来た。

新婚の頃のマンションは原稿を取りに来たアルバイト君や編集者がリビングで待っていたので、新しく家を建てるときに、家族で過ごすリビングと待っている応接間を別にするという妻の強い要望でいまの家ができた。いまとなっては原稿を取りに来るなんてことは滅多になく、この設計は意味の無いものとなっている。

その次は、原稿を書いたらFAXで送っていた。写真やイラスト、原稿の原本はバイク便。そのうち電話のLANケーブルでつないだパソコンでチャットを海外ともできるようになったし原稿もメールに添付した。そのころ「アスキー」というパソコン雑誌に連載を始めたが、メールが送れない、写真が添付できない、イラストレーターの使い方が・・・なんてことで編集部から家にきてレクチャーしてもらっていた。リモートワークどころではないアナログが混在していた。

半年もしないうちに、海外にいても日本の地方にいても原稿や写真がネットで送れるようになって、なんだ、離れていても仕事できるねってことになった。ラジオもネット回線で出演できた。テレビ出演は遠隔でってことにはならないから、テレビだけのために日程を調整していたなあ。なので、1990年あたりからのパソコンの普及によって、リモートワークはボクみたいなフリーは特にやりやすくなった。世界中のどこにいても、LANケーブルで繋がるところなら仕事ができる。さらにWi-Fiで繋がり、街のなかのどこでもパソコンを開けば繋がる時代も来た。

世の中は便利になって比べ物にならないほど発展した。

しかしだ、そのわりに人間の働き方はアナログだったし、発展したAIやネット社会にどの程度の人が自分のものとしていたかわからない。生活には結局隅々まではあまり浸透していないようにも思えた。

この苦境な時だが、教育のオンライン化やリモートワークで人と人が関わらなくなってでる弊害は別問題として、このコロナ騒ぎで大きく世の中が変われるかもしれないと思っている。

必要に迫られて、いままであった便利なものが浸透していく。そしてもっともっと簡単になってそれらが使えるようになる。誰にでもどこででも。小学生から高齢者までだ。辛いときだからこその底力で行政からの力を期待する。

いままでこんなことも必要なかったねとか、こんなことはもっと必要なことだったねなんて、最小限度の必要性がわかったり、世の中が大きく代わるチャンスだったりすると思っている。ピンチがチャンス。


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