岩永 哲


近い将来、起こるとされている南海トラフ巨大地震…。広島県でも最悪の場合、およそ1万5千人が命を落とすと想定されています。



そんな巨大地震が発生する可能性が高まった場合、気象庁が発表する「南海トラフ地震臨時情報」をご存じですか?この情報はザックリいうと、「時間差で起こる巨大地震に備えるための情報」として発表されるものです。



南海トラフとは、日本列島がのっている陸のプレート(ユーラシアプレート)の下に、海のプレート(フィリピン海プレート)が潜り込んでいるプレートの境界です。
ここでは広範囲でひずみがたまり、ある限界を越えると巨大な地震が起こるとされています。震源想定域は、東海沖から九州の東まで広範囲に及び、国の発表では、今後30年以内に、M8~9クラスの地震が起こる確率が70~80%とされています。地震が起きた場合、西日本では最大震度7の揺れが襲い、太平洋沿岸の一部では数十メートルの大津波が、地震発生後、数分のうちに押し寄せると想定されています。



この南海トラフでは、歴史的な資料や現地調査などの結果から、過去に何度も繰り返し地震が起こっていることがわかっています。その際、巨大な地震が時間差で起こったり、大きな揺れは伴わないもののゆっくりずれたり、といったケースがあったことがわかっています。そうした中で、巨大地震につながるおそれがある3つのケースが起きた場合に、それを次の地震の前兆と捉えて警戒を呼びかけよう、というのが「南海トラフ地震臨時情報」です。



臨時情報が発表されるのが上の3つのケースです。

震源想定域の半分程度が割れて大きな地震が起きた場合の「半割れ」、一部が割れて比較的大きな地震が起こった場合の「一部割れ」、また、大きな揺れは伴わないもののプレートの動きによる地殻変動に通常とは明らかに違う変化が認められた場合の「ゆっくりすべり」です。



例えば、江戸時代の1854年に起きた地震では、東側でM8.4の巨大地震が起きた32時間後に、西側でM8.4の巨大地震が発生しました。また、前回、昭和に起きた大きな地震でも、東側で起きた2年後に西側で起こっています。

つまり臨時情報は、3つのケースが起きた場合に、続いて起こる可能性がある巨大地震を時間や場所を確定的にピンポイントで予想することはできないけど、起こる可能性が通常より高まっていることは言える、という考え方で出されるものです。



では「臨時情報」が具体的にどうのような流れで発表されるのでしょうか。それをまとめたのが上の図です。

震源想定域内で「M6.8以上の地震」が発生、または「通常と異なる地殻変動」が観測されると、地震の研究者などが集まって検討を始めます。その段階で、「南海トラフ臨時情報(調査中)」が発表され、検討が始まったことが知らされます。

その後、地震発生から最短で2時間後をメドに検討結果が発表されることになります。そこで、先ほどの地震が「半割れ」と判断されれば「巨大地震警戒」、「一部割れ」と判断されれば「巨大地震注意」が発表されます。また、「ゆっくりすべり」と判断されても「巨大地震注意」が発表されることになっています。



臨時情報が現在の形で運用されているのは、2019年5月からです。これまで(2022年3月現在)、実際に臨時情報が発表されたことはありません。ただ、もう少しで発表されそうだったケースがことしに入ってありました。1月22日未明、日向灘を震源とする地震では、大分や宮崎で最大震度5強を観測、広島県でも府中町で震度4を観測しました。県内でも夜中に緊急地震速報が鳴り響いたので覚えている方も多いかもしれません。この時の震源は、南海トラフ地震の想定震源域内だったため、地震発生直後、災害担当の記者の間では、「初めての臨時情報発表につながるかもしれない」と大きく注目されていました。



結局、地震の規模が基準より、わずかに小さかったため、臨時情報の検討には至りませんでしたが、気象庁の担当者は、「同じ震源の場所でM6.8以上であったならば、臨時情報(調査中)が発表され、評価検討会が開かれていた」と説明していました。



では「臨時情報」が発表されるとどうなるのでしょうか。国はガイドラインで防災対応を決めています。

「巨大地震警戒」が出た場合、次の巨大地震で数分で大津波が襲うような地域住民には「事前の避難」を求めます。また、それ以外の住民にも必要に応じて自主的な避難や避難の準備を求めます。また日頃からの地震への備えを再確認することを広く求めるとしています。

「巨大地震注意」が出た場合は、日頃からの地震への備えを再確認することを求め、必要に応じて避難を自主的に実施することを求めるとしています。

発表を受けていつまで防災対応をとるのかについて、期間も事前に決められていて、「1週間」が基本となっています。「巨大地震警戒」が発表された場合、なにも変化がないまま1週間がたつと「巨大地震注意」へ、その後もさらに変化なく1週間が過ぎると、日常の生活に戻る(ただし地震が発生する可能性が下がったわけではないことに留意)という流れです。

この1週間という期間は科学的根拠で決められたものではありません。科学的には確定的な予想は言えないので解除の時期を判断できないが、社会が我慢できる期間という社会的な側面から決められたものです。



臨時情報が発表されると、どう扱っていいのか、正直難しいと感じられるかもしれません。おそらく最初のケースでは、報道もそればかりになり、少々パニックになるような事態になる懸念もあります。また、情報があまりに大ざっぱで黒でも白でもない「灰色判定」のような情報なので、どれくらいグレーなのかわからない、また、発表されたあとに1週間で解除となる根拠が納得できるのか、といった懸念もあります。

ただ、この臨時情報は、緊急地震速報などとは違って、出たら慌ててすぐ何かをする、という類の情報ではありません。日常の暮らしをしながら、日々の暮らしの中での地震に対する意識を一段あげるための情報といえるかもしれません。

特に、広島の場合は、発表が出てすぐに事前避難を求められるような地域はありません。県の想定では、最悪のケースで1万5千人が犠牲となり、その9割は津波によるとされていますが、津波到達までかなりの時間的余裕があります。仮に巨大地震が起きてもしっかり対応すれば犠牲者の数は大幅に減らすことができます。もし臨時情報が出てもパニックになることはなく、家具の転倒防止など対策や備蓄品、避難先の確認など基本的なことを再確認するきっかけとして捉えればいいのではないでしょうか。

気象庁 南海トラフ地震に関連する情報 
内閣府 南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドラインの公表について
広島県 南海トラフ巨大地震の被害想定




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