熱が出て救急にかかった。

つい数週間前に総胆管の手術をしたばかりで、熱が出たらすぐに救急で来てくださいと言われていたからだ。とはいえ、「風邪をひいたかな?」ボク自身はそんなつもりだった。しかし今回はちょっとちがった。


病院に着くなりトリアージをうける。
救急は重症から風邪のお子さんまで様々な方がいる。優先順位をつけて緊急度が高い患者さんから診るためだ。


ボクは「準緊急」と書かれた紙を渡される。
意識もありそのころはまだそんなには具合も悪くなかった。


すぐにインフルエンザの検査を研修医がするが陰性。次は血液検査、次は尿検査、CT・・・どんどん重病人のような検査に移っていく。先生もどんどんベテランに移っていく。その頃からどんどん具合が悪くなってきた。だるくて目も開けていられない。「ああ、熱のせいか・・・」そう思った。
CRP(*急性炎症の指標)の値も高いようだ。


後から聞いた話だと家族は別室に呼ばれ「延命はどのぐらいするか?」みたいな話をされたらしい。気管切開はするか?胃ろうはするか?導尿は?どこがどうおかしくなるかわからない、延命措置を本人がどう思っているかご存知か?などなど、即答しかねる質問を妻と娘で聞いたらしい。


「そんなに悪いの??」とびっくりしたという。
CRPという値が20をゆうに超えているということは、急変して命が危なくなることが少なくないそうだ。


「やれることはやってください。そう答える以外どう答えるの?家族だったら
どんな状態でも生きていてほしい。」そう妻は言う。


「でももし自分だったらどうなの?」ときくと「自分だったら延命はしてほしくない、痛いのはいやだもん。」そう即答した。


そして真剣に考えた。
「もしも」の話が急に本当の話になったようで考えるのはちょっとこわい。
「死が近づいてきたとして最後をどう迎えたいか」なかなかの難問だ。


しかし家族に考えさせるのは酷だ。自分でこうしてほしいと表明していたほうがいいんだろうなと、今回あらためて思った。


そんなことを考える日が来るとは思っていなかったが「遺言」だ。金も残せなかったが負の遺産を残してもいけない。今回の入院ではそんな危機も脱したが今後に備えて考えるべきだろう。元気なうちに。


これはしめっぽい話ではない。
自分がどう生きていくかの話でもある。自分のことは自分で決める。


が、寿命というのはなんとなくどうやっても逆らえないもののように感じる。
今は7年前に助かった命をせいいっぱい生きるだけだ。わりとおもしろい人生
を送っていると自分では思っている。


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