土田由香さんとはじめて出合ったのは、クリスマスに行われた僕のトークイベントだった。このトークイベントにWEBサイトのチケット販売で1番に申し込んでくれた一般の女性。


しかも静岡から来るらしいと。うわさはうわさを呼んだ。他にももちろん一般のお客さんはたくさんいらしてくれた。けれど、彼女は手紙をくれたのだ。


静岡出身のシンガーソングライター。東京在住。くも膜下出血になってシンガーソングライターはお休み中。なにをしていいかわからず図書館に入り浸っていたと言う。そこでボクの著書「一度、死んでみましたが」と出会った。同じ病気。あっという間に読んでボクに興味を持ってくれた。


クリスマスのそのイベントにきてくれた彼女はごくごく健常に見えるかわいらしい女性。知的で普通に見える。いまはずいぶん回復されていることもあるが、発症後退院してしばらくして復活ライブも行なったらしい。けれど・・・自分で作ったはずの曲がうまく思い出せない。「あれ?どうだっけ?」ギターをひく手がうまく動かない。彼女はどんどん自暴自棄になっていったという。外にも出たくないし、あまり人とも会いたくない。それで図書館通いが始まったと言うわけだ。


クモ膜下の後遺症として「記憶がうまくできない」というものがある。クモ膜下は脳の一部が壊れてしまっているのでその損傷部分によっていろいろな症状が出る。


普通に見えるけれど、いままでのその人とは違うことが多い。一つのことしかできなくなったり、いつもやっていたことができない。細かいことが非常に気になる・・・昔のボクには考えられないことだ。歯磨きの仕方がわからなかったこともある。「あれ?どうやるんだっけ?」そばを食べているときにそばをどんぶりから割り箸で持ち上げる。「あれ?どうやったら食べられるんだ?」そんなことがボクは解らなくなる。


こうして書いている原稿も途中であれ?何を書きたかったんだっけ?そう止まってしまう事もある。たいていは、今やっていることはそのまま今の脳のなかで覚えていられるんだけどちょっと時間が空くと、てき面忘れる。短期記憶が苦手なのだ。そのたびため息。しかもああ、解らないと思っていいかげんなことされてるのかなあ、と落ち込む。


ボクの話になってしまったが、彼女もそんな感じの小さな症状が生まれては苦労したのだろう。ボクと違う症状でもっと苦しんだのかもしれない。何度も言うがボクのように車椅子にのるような後遺症がない。だから普通に見える。車椅子に乗ったり寝たきりになっての辛さはそれはそれは文字通り死んでしまいたいぐらいのことだ。目に見えない彼女の病はまた違った意味で苦しんだに違いない。


ボクの大好きな友人のささやんも昨年外傷性のクモ膜下に見舞われた。彼も普通に生活をしているように見える。けれど、記憶が昔のようにはっきりしなかったり苦しんでいる。外見ではわからない病は周りに理解されにくい。そんな病気は孤独だ。


そうとはいえ、彼女も新しい世界に向かって歩み始めた。ささやんも頑張っている。ボクの知っているクモ膜下の知人には車椅子にのって職場復帰に向けて頑張っている方もいる。もう駄目かもしれない。みんなそう1度は思ったに違いない人たちだ。でも歩み始めている。ボクも負けていられない。



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